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2010年 02月 01日

名古屋城 お濠の水鳥

名古屋城 お濠の水鳥_c0121993_18201182.jpg名古屋城 お濠の水鳥_c0121993_1821521.jpg


















何事もないかのように、名古屋城の御濠でスイスイと泳いでいる水鳥たち。

名古屋城の城地は、北に濃尾平野を一望のもとに監視できる軍事的な要地
としての地の利がある。名古屋台地の西北端に位置し、濃尾平野に連なる
庄内川の形作った平野に向かって突き出す地形となっている。

名古屋城 お濠の水鳥_c0121993_1824351.jpg築城以前、台地縁の西面と北面の切り立った崖は、その崖下が低湿地となっており
自然の防御機能を形成していた。
また、伊勢湾に面した港である南の熱田神宮門前町は、名古屋城下町の西の
守りの機能を果たしてきた。台地の西端に沿って堀川が造られ築城物資の輸送を
担っていた。

名古屋城の縄張は、それぞれの郭が長方形で直線の城壁が多く、角が直角で単純な
つくりであるため、、姫路城のような複雑かつ屈曲の多い構造を好む江戸時代の軍学者
には好まれなかった。
また、ある軍学者は実際に”縄張宜しからず”と酷評した。
一方で、現代の城郭研究者からは、名古屋城が築城された江戸時代初期は攻城戦術・
技術が成熟しきっていた時期であった。
その時点で、徳川氏が大坂方面に対する東海道防衛の最大拠点として位置づけられる
名古屋城を、あえてこのような縄張にしたことは評価すべきことであると、見解の分かれる
ところである。

当時の名古屋城の築城思想が、あるべき篭城戦をどのようにとらえ篭城戦時の防衛の
戦略・戦術をどのように企図していたかを分析する必要がある。
そして、判断の材料に加えなければ縄張の良否を簡単に断言することはできない、という
意見がある。





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by sd_spacedesign | 2010-02-01 13:41 | 暮らし


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