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2008年 09月 30日

秋の花

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秋の花c0121993_108093.jpg
雨に濡れて緑のなかに鮮やかなブルー、紫、黄の花が目にとびこんできます。
遠目には気がつきませんが近くで目を凝らすと、静謐ななかに花の世界が広がって
います。

それぞれの花が個性豊かにそっと咲いています。
この花たちは、庭先に咲いているのを道路から歩きながら撮影したもので この
季節にはどこにでも咲いている花である。その花をよく見ると本当に綺麗に咲いて
います。花の鮮やかな色と言い、その形と言い、その姿が不思議にも想えてきます。

鳥もフォルムとカラーは様々で、空を飛ぶ渡り鳥は進むべき道を飛んでいます。
日常、当たり前に見えることがよくよく考えると本当に不思議に思えてきます。

全ての生き物が、固有のフォルムとカラーをもち生きている。この世界がかけがえの
ないものに思えてきます。
”地球温暖化”で多くの生物が絶滅に瀕していることを伝えていますが、身近な
生物が存在することの意味の深さを強く感じます。
現在という この時を一緒に歩んでいるのであるが、普段はあまりにも当たり前に
思えることが実はたいへん幸福なことである事を感じることが出来る様になりました。





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by sd_spacedesign | 2008-09-30 10:11 | 自然
2008年 09月 30日

実りの秋

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実りの秋c0121993_956067.jpg
苦瓜の黄色い花と葉の間から瓜が顔をだしています。
苦瓜は野菜と肉を一緒にいれて炒め、卵をいれるとビールのつまみには最高の料理に
なります。
暑い夏を過ごし少し疲れている身体に苦瓜の苦味が何ともいえない味になります。
私は、お酒は好きな方で ナシでは寂しく感じるタイプです。

以前、名古屋駅前の近くにあるロシア料理店”ロゴスキー”でウオッカを飲みました。実はこの時が初めてでなく何回も行ってはいます。
ロシア料理もさることながら、料理にだされた”ウオッカ”は、甘みがあり何ともいえない酷が
あります。
”ウオッカ”というと、日本人は”寒い地域で酔いつぶれた酒飲み”と言う、悪いイメージをもって
いませんか。
友人と食事に入った時に、ウオッカを勧めると案の定”ウオッカ”ですか、といって躊躇して
いましたが それをグイッと飲み干すと一転して、もう一杯と催促してそれが、もう10杯位
お代わりをしました。だから、ボトルで注文すれば良かったのに。
勘定は私持ちでしたが、”ウオッカ”代を大分支払いました。









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by sd_spacedesign | 2008-09-30 09:51 | 自然
2008年 09月 29日

コスモス

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”コスモス”と聞くと乙女のようにたおやかで、やさしくて、幸福に包まれた
また、傷つきやすい そのようなイメージが頭をよぎります。

コスモス(Cosmos)は、一般的にオオハルシャギクをさすがアキザクラ(秋桜)とも言います。
原産地はメキシコの高原地帯で18世紀末にスペインマドリード植物園に送られ、コスモス
と名づけられました。
日本には明治20年頃に渡来し、コスモスの花畑は私たちの目を楽しませています。
秋にピンク、白、赤、黄のはなを咲かせる。本来 一重咲きの花であるが舌状花が丸まった
ものや八重咲きの品種がつくりだされました。


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by sd_spacedesign | 2008-09-29 11:51 | 自然
2008年 09月 24日

ヒガンバナ(彼岸花)

c0121993_104532.jpgヒガンバナはリコリス、マンジュシャゲ(曼珠沙華)ともよばれる。
田のあぜや川端に赤い花をつけ群生している。
緑のなかに いかにも艶やかな色の花をつけている。しかも、葉がなくスーと伸びた
茎の上に豪華な花がのっている。
花の形を見ていると結納や紙細工したもの.......が浮かび上がります。

ヒガンバナは多年生の球根性植物で全草が有毒をもつ。6枚の花弁が散系花序で
放射状につきます。日本には、稲作の伝来時に中国か朝鮮半島から土と共に鱗茎
が混入して広まった帰化植物といわれています。
日本に広まったヒガンバナは全て遺伝的に同一」で雄株、雌株の区別がなく(遺伝的
には雌株)中国から伝わった1株の球根から株分けの形で日本各地に広まった。

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by sd_spacedesign | 2008-09-24 14:56 | 自然
2008年 09月 22日

朝顔(ヨウシュチョウセンアサガオ・キダチチョウセンアサガオ)

朝顔c0121993_12172512.jpg
アサガオにも大きな花をつける種類があることを知りました。
3月より このブログで花を取り上げていますが、実は若い頃日記を付けようと
思い立ち決意をするのですが”三日坊主”で終わってしまったことが思い出
されます。毎年、今度こそはと意気込むのですが続いたためしがありません。
そんなほろ苦い思いがふっ・・・と甦り、続けるということは なかなか至難
であると思い、そうであるならば何か興味のある題材であれば続けられると考え
”花”を選びました。
それからは、花が気になって仕方ありません。木に咲く花、草花 ・・・・花が咲いて
いると目が自然にそちらの方に向きます。観察する目も少し養われてきたような
気がします。随分むかしのことですが、高校生のころ”ファーブルの昆虫記”を
夢中で読んだことがありました。昆虫の生命の不思議な営みを感じました。
私もみずみずしい命に満たされていました。現在は、多少濁ってはいますが
若い頃からの その傾向性は失われていないと思います。草花も苗を買ってきて
育てたことがあります。また、金魚やフナ、鯉を飼って何度も死なせてしまったことが
ありました。今から振り返ると、生命のはかなさ、生命をいとおしむ心が少年期
青年期の経験のなかで育まれてきた様に思いました。

7月にフヨウ、ムクゲ、ブッソウゲの花をとりあげましたが、遠目には同じように
見える花が傍で見るとずいぶん様相が違います。




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ヨウシュチョウセンアサガオはアサガオのようにラッパ状の花を咲かせます。
薄紫や白の花で白花品種はシロバナヨウシュチョウセンアサガオはアサガオ
(白花洋種朝鮮朝顔)と呼ばれ花が上向きに咲き、果実に太い棘があります。

キダチチョウセンアサガオ(木立朝鮮朝顔)は英名エンジェルズ・トランペット
angels trampetは細長いラッパ状の花がぶら下がって咲きます。


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by sd_spacedesign | 2008-09-22 11:49 | 自然
2008年 09月 15日

ユリ

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ユリはキリスト教において白いユリの花(マドンナリリー)が純潔の象徴
として用いられ、聖母マリアの象徴として描かれている。絵画にもユリの
花はよく描かれている。私はボッツチェリーの”ビーナスの誕生”がすぐ
浮かびます。
また、クレタ文明の遺跡のひとつであるクノッソス宮殿の壁画にはユリが
描かれています。

東洋ではユリは食用や薬用に使用される。日本では幕末にフィリッツ・フランツ・
フォン・シーボルトが日本のユリの球根を持ち帰り、復活祭に用いられる
イースター・リリーとして大流行する。
球根は近代日本の絹に次ぐ主要輸出品として外貨を獲得した。そして、明治末
には鑑賞花として逆輸入される形で大流行した。

撮影のユリは、”タカサゴユリ”である。


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by sd_spacedesign | 2008-09-15 15:56 | 自然
2008年 09月 10日

ハス(蓮)

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ハスは食用として地下茎のレンコン(蓮根)を栽培していますが、茨城県が産地として
有名です。また、観賞用として種類も多く楽しまれています。

中国ではすり潰してとった澱粉に砂糖をいれ熱湯で溶いて飲み物にしたり、月餅、
最中などの菓子に加工されています。
中華料理に使用する散蓮華もハスの形に似ていることからレンゲと呼ばれています。
また、ハスの葉は撥水性があり茎はストロー状になっているため葉に酒を注いで
茎から飲む象鼻杯(ぞうびはい)と言う習慣があります。

果実は澱粉が豊富で汁粉や甘納豆として食されたり、根はよく発達して節があり
1.5メートルの長さのものもあります。熊本地方の名物 辛子れんこんはレンコンの
穴に麦味噌に和辛子を混ぜて詰め、菜種油で揚げた手づくりの味です。
寛永9年、熊本城主として肥後いりした細川家初代 忠利公は身体が弱かった為
蓮根を食べ始めたのが その由来となっており、その後 健康になられたそうです。

関西では”荷葉飯(かようはん)”としてハスの葉で包んで蒸した加薬飯(かやくめし)
があります。

ベトナムでは美味しい食べ物として、”豚肉とレンコンのサラダ”が紹介されています。
薄く切って湯通ししたレンコンと薄切りの豚肉に甘酸っぱいドレッシングをかけたサラダ。
豚肉の脂っこさもレンコンのしゃきしゃき感の歯ごたえと香草と甘酸っぱいりとたれで
さっぱりと食べられます。
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ベトナムに行かれた時には、是非召し上がってください。
また、ハスの花を使って茶を飲むハス茶(蓮花茶)もあります。


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by sd_spacedesign | 2008-09-10 15:56 | 自然
2008年 09月 08日

蓮とめだか

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めだかが日差しをうけて、水がめのなかで泳いでいます。
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ハスが群生している様をみていると、何か心があらわれる様な清清しいものを
感じます。それは、仏教のなかに”優曇華の花”といわれる様に泥のなかから
気高く咲く花、まっすぐ水面より伸び水をはじく大きな葉の姿が、俗世に染まらず
清らかに生きることの象徴として語り継がれきた事からも窺うことができる。

ハスが栽培されている湿地が私の小さいころは結構 目に付きましたが、最近は
殆んどお目にかからなくなりました。私が小学生のころ親戚の叔父さんの家の
前におおきなハスの池があり よくアメリカザりガニをとりに行った懐かしい
思い出が甦ってきました。

地下茎であるレンコン(蓮根)は、お正月のおせち料理や中華料理にも使われ
身近な食材ですが、ハスの発芽能力の凄さを物語る出来事がありました。
1951年(昭和26年)3月に千葉市にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で
発掘されたハスの実が発芽させることに成功した。理学博士の大賀一郎による
もので今から2000年前の弥生時代後期のものであることが、放射性炭素年代測定
により推定された。
また、中尊寺の金色堂須弥檀から発見され、800年ぶりに発芽に成功した中尊寺ハス
がありました。





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by sd_spacedesign | 2008-09-08 09:25 | 自然
2008年 09月 01日

テレビ塔

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c0121993_947297.jpg栄のテレビ塔のグリーンベルトは道路に囲まれた一画ですが
樹木が生長し、周囲のコンクリートの都市のなかにあって沙漠
のなかのオアシスのような感じがします。
緑のなかに入ると少しヒンヤリとして何かほっとします。
緑の気が私の生命に何かを働きかけているのでしょう!

以前、すこしですが山林を所有していた頃、山の中に入り、雑木林
のなかを歩いていると、木々の枝を通して木漏れ日が足元の地面を
照らし木の葉っぱの絨毯のうえを歩いていると、心がパッと満たされ
幸せな気分になったことがよみがえってきました。
その時、落ち葉のあいだから咲いているカタクリの花の可憐な姿が
記憶にや焼きついています。何かをしている時、ふっと頭をよぎることが
あります。

また、山の中を走る谷の水の音。
手にすくって口にすると、本当においしい。
私の手が、はじめての谷の水。
また、”カオレダニ”と記憶しているのですが、山の林道をドンドン進んで行くと
福井県の境にでて その先は行き止まり。当時の私の心境では”秘境の地”
に連れて行ってもらったことがあります。
”マイタケ”って御存知でしょうか。この秘境の地にはたくさんでるようです。
よく食事でいただきました。コケの食感が何とも言えません。
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林道を進むと、杉の林の向こうに山の斜面に深くえぐれた谷が垣間見えて
きました。緑青の水をたたえ、大きな岩場を蛇行して流れていました。
水面に目を凝らすと澄んだ谷の底に”山女”や”岩魚”の俊敏に動く姿が
見えました。私は魚やオニヤンマのすがたを見ると、どうしたものか心がはやる
気持ちを抑えることが出来ません。
今から思うと、自然児であったのでしょう。

板取川は谷の水が集まり大きな流れの川で、水は冷たく長く入っておれません。
水浴びに行くと、大勢のガキ大将が集まり水しぶきがあがり子供の歓声が山に
こだまします。また、アブがどこからか集まってきた しつこくまとわり付くのには
大変閉口しました。

土用のころ、私の母の兄にあたる叔父さんとその弟の3人で鰻とりにでかけました。
鰻とりと言っても仕掛けを川の方々に設けるのです。まず、川で町では”ドンコ”
と言うのですが、”ドチカブ”と言っていたように思います。
ドチカブを川でタモでとり、残酷ですがそれを大きな針にさし1~1.5メートルの糸の
竹の先につけて川の鰻のいそうな所に仕掛けます。川を上流に向かって草が
生い茂る岩場と言ったところに10数ケ所仕掛けました。夕方ちかくでしたので例の
しつこいアブ攻めで大変でした。もう、カンベンして下さいと言う心境でした。
あくる朝、仕掛けたところをまわりましたが、針の先に大きな鰻が掛かっていました。
もう、感激です。10匹くらいは採れました。

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田舎では、何かお目出度いことがあると、飼っている池の鯉をあらいにしたり、鯉こき
にしたり、また鶏をつぶします。大変残酷におもいました。これから、鶏を潰すと言う
ときには心が痛みました。潰すという言葉もはじめて聞きました。
しかし、食事のときにそれがでて厭だなと思いながら口にすると、その味は大変おいしく
何か、割り切れない思いに悩んだことが思い出されます。

今から振り返ると、人間は自然の恵みを大事に無駄にせず本当に必要な分だけを
生活のなかでいただいていた。田舎には、食事に必要なものは野菜にしても味噌、
醤油も家族が協力して作っていた。納屋は味噌倉になっていて、その近くを通ると
ぷぅーん と、味噌の匂いがしました。また、羊を飼っていたこともありました。
何か、田舎の当時の生活が脳裏をかすめ懐かしく思い出されます。

私の実家は岐阜県の板取村です。岐阜市内に住んでいましたが、小学校
の頃は夏休みになると母の実家である板取に姉と弟の3人で出かけました。

田舎ですので、母屋には従兄弟・従姉妹が方々から集まってきてまことに
賑やかなこと。子供たちの元気な声、夏の暑いむせ返る様な熱気。夢中に
なって遊んだ記憶が甦ってきました。

母屋のうらに山の斜面に2メートルくらいの苔むした石垣があり、いつも濡れて
いました。その下に、谷の水がとおっていましたが、そこを”オニヤンマ”が静かに
いつも同じ軌道で通ります。それを、タモをもった私が息をころしてまちうけるの
です。そして、私の前を通るその瞬間、太刀を振り落ろすが如くアミにはトンボの
羽の音がなっていました。
”やった”と小躍りしたものです。

山道の斜面の草を刈って枯れ草があるところには、そっと足を踏み入れると
”キリギリス”がいっせいに飛び跳ねます。それを、たもを持った少年が元気
よく ソレッと追いかけます。

ふっと、懐かしい思いが脳裏をかすめ幸せな気持ちになります。
これが、私が過ごした少年時代の原風景です。



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by sd_spacedesign | 2008-09-01 09:44 | 暮らし